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過呼吸を買ってから悩む人は、買うまえに悩まない人です。

過呼吸
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過呼吸 僕らのおもしろ道案内。

出産は緊急帝王切開だった。

振り返った今は帝王切開の手術を受けられたのは奇跡に近い。予定帝王切開だったら恐怖のあまりひどいことになっていたはずだ。

最初のひどい発作が出たのは娘が1歳になる前で育休中だった。嘔吐下痢になって、病院で点滴を受けている時から動悸がして冷や汗がでていた。帰ってからも動悸が治まらず、ソワソワ感が続く。長い間その症状が続いて、手足が痺れてきた。息苦しい。

そう思ったと同時にひどい過呼吸で、身体中が痺れて倒れた。旦那が救急車を呼んだ。

救急隊員の人が救急車に乗せようとするのだが、救急車の中が狭くて閉鎖的で怖くて乗れない。パニック状態でなんども息苦しくなる。

説得されて総合病院に運ばれると「過換気症候群」だと言われてビニール袋を渡された。

ゆっくり呼吸して落ち着けば良くなる命に別状はない処置(薬など)は出来ない精神科の受診をオススメする

そんなことを言われた。病院のベットにさえソワソワして寝転んでいられず、何度もフラフラ出ていこうとして注意を受けた。

「10秒ゆっくり数えながら呼吸して。辛いけどそれしか症状を抑える方法がないから」

ベテランの看護師さんが背中を擦りながら慰めてくれた。死ぬ程苦しくて、入院するくらいひどい病気だと思ったのにそうでは無かった。

精神科への受診。

気の持ち用で乗り越えてみせる。この時はそう思っていた。

過呼吸 ふれあい・ふるさと・フレッシュバンク

私は、仕事が死ぬほど好きだった。
夜中の日付が変わっても仕事がある事に感謝し、楽しく仕事して嫌な思いなんてしなかった。
仕事をすればするほど稼ぎが多くなる。お金を稼ぐって楽しい!
そう思っていた。

妊娠してから、出産するまでずっと安静にしなければいけなく、仕事量も大幅に減らし、お腹が痛くても、それでも仕事をもらえる事が嬉しくて、まずいと思いながらも働いた。
出産して、仕事は殆ど無くなった…泣きわめく赤ちゃんを部屋の自動スリングに乗せて、それでも泣きわめき吐く。そんな状態で仕事はさらに無くなっていき、毎日が虚しいばかり…
元旦那は仕事の研修で3ヶ月帰って来なかったり、2週間帰って来なかったり、1ヶ月帰って来なかったり…
ほんとに羨ましかった。

仕事だけに集中して、思う存分仕事してる元旦那が羨ましかった。
たまに元旦那の休みで赤ちゃんを見ててもらっても、放置するから赤ちゃんがハイハイして私の仕事部屋に入ってきてしまう。
私はどんどん仕事が減って行く。
そのうち、子供は持病を持つようになり、毎日毎日雨の日も雪の日も、病院通いが始まり、一年のうち通院がないのはたった1ヶ月。あとは毎日病院に通った。
私も疲れがたまり、病気をしても悪化しすぎて入院しなければいけないほどになってしまう。

でも、私は子供の通院があるから入院出来ない。

頼れる親兄弟はいないから。

どんどん追い詰められ、震災があり、過呼吸になり、私は心身ともに限度を超えていた。

子供を産んで、何もかも失った感でいっぱいだった。

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